所有欲、独占欲について

独占欲について
21の頃からMR2に16年乗っていて、何度も独占欲について考えることがあった。

そのまえに、本当に欲しい車、乗りたいと思った車は自分で働いた金で買い、保険やガス代も自分で全部出して維持しよう。

生活スタイル的には軽で十二分に間に合うのに、見栄と所有欲を満たしたいからとヴェルファイアが欲しいと親にねだって買ってもらった奴がいる。
車両代だけでなく、保険代、日々のガス代、車検代にスピード違反の反則金すら親の持ち出しだった。
洗車や自分で汚した車内の掃除ですら全部親任せでただ乗っているだけという。

他は、上司がレクサス乗っているからと、己の年収を顧みず年収2倍以上の700万のレクサスの車を買った奴がいる。
半分は自分で払ったとのことだが、もう半分は先祖代々の土地を売ったお金だそうで、それまでも暴走行為のツケで毎月クルマを修理していたため修理代の肩代わりで広大な土地を売り払い、今では家の建っている土地しか残っていないそうだ。

彼らは己の快楽、所有欲のために家族を犠牲にした。
それは間違っていることだと思う。

彼らは己の身の丈にあわぬ生き方を選択したためか、親が死んでからは荒い金遣いが元で借金にまみれてすべてを手放すはめに陥り、もう1人は他者への思いやりがかけ傲慢に振舞い続けたばかりに全ての友人が彼の元を去り、孤独となるなど今は手痛いしっぺ返しを受けている。

車という走る凶器への最低限の責任を果たすこと。
それは、自分の金で走らせることでわかることだと俺は思っている。
そしてそれは、車以外のものにも当てはまると僕は思ってる。


本題に入ろう。
私が16年間MR2を通じ、所有欲について何度も考えたことの結論を単刀直入に言う。

「所有欲は所有したものをダメにする」
これは真理だと思う。

湾岸ミッドナイト 首都高C1ランナー最終巻収録 最終話から引用しよう。

「なんで所有欲がクルマをダメにするか」

「オレが買ったクルマだからオレの好きなようにしていい」

「その考えがチューンドカーという名の元に改悪車を作る」

「クルマは喋れない」

「でも言葉は発している」


オレがオレのカネで買ったんだからなにしてもいい!
そう言って扱ったものって乱暴に扱わなくても早く壊れたりしないか?

オレ(ワタシ)がカノジョ(カレシ)に良くしてやってるんだからなにしてもいい!
そういう関係ってすぐ終わったりしないか?

オレが、ワタシが、好きなようにしたい!!って思ったものって結局最後まで思い通りにならないと思うんだよ。

クルマは人と違って我慢などしない機械だからそれが顕著でさ。
正しい操作、正しい扱いにしか応えてくれないわけ。
間違ったことは間違ったものとして返ってくる。

だから、俺は人間関係の正しいか、そうでないかの判断は機械と同じでなるべく感情や思いこみを排除して冷静に判断したいなと思ってる。
情熱的になってしまう部分もあるので・・・。

クルマに話を戻そう。俺は最初は改悪車というものがよくわからなかった。
でも、友人たちがクルマの改造してくのを見たり、走行会やらミーティングやらに参加して改造されたクルマを見たり、免許を取ってクルマを運転し何百万台ものクルマとすれ違うと、改造車たちのなかに改悪車という存在が必ずいて、そう改造されたクルマたちが泣いているように見えてしまったのだ。

クルマのいじりかたは人それぞれ。
でも、1台のクルマと16年というほぼ半生をいっしょに生きてきたせいか、クルマのいじりかた、クルマの走らせかたを見れば、その人がどんな人でどういう生き方をしてきたかまで予想がついてしまうようになってしまったみたいなんだ。

ドレスアップが好きな人は承認欲求が強かったり、同じような事故や違反を繰り返す人は人間関係でも同じようなトラブルをエンドレスだったりetc
そんな感じだな。

オーナーとクルマのセットを見ればウソすら見抜けると思う。

・・・思う。

twitterでクルマに関して尊敬している大先輩がいる。
その人のツイートを読んで改めてこう思った。

「クルマへの所有欲がクルマをダメにする」ように

「人への所有欲もその人をダメにしてしまう」と


人の場合は「独占欲」になるのかな?
10年近く前、今では元カノに告白しOKを貰ったわけだけど、俺が普通の恋愛経験が少なくいろいろな失敗をし彼女を怒らせ、逆になんてことないことで俺も彼女に怒り続け、そんなすれ違いを繰り返して結局うまくいかなかった。

当時はまだ「独占欲は人をダメにする」と言葉にできなくて、頭にはあるのだけど、彼女に説明できなくて歯痒い思いをした。
一定の距離を置く俺に彼女は嫉妬して欲しいがばかりに愚かと言えることを繰り返し、俺と最愛の彼女は苦しんだ。

そのときのことを改めて文章にすると、過ぎた独占欲は人をダメにするのだと身をもってわかった。

好き過ぎて俺の嫉妬深さが裏目に出たのもある。
彼女の嫉妬してほしいという言葉が枷をはずし、俺がほしかったものが彼女が他の男へと渡してしまうのを見て独占欲を抑えられず、結果自滅に至ったとも言える。

付き合ったばかりのころ、人気者の彼女を俺が独占することで、彼女の居場所を奪い、彼女の人生に必要な人達との絆を壊してしまうと思ってた。
だから、付き合ってからも一定の距離を置いていた。
その距離感は今思えば間違ってたかもしれない。
彼女にはきっとずっと寂しい思いをさせてしまっただろうから。

知り合いからは付き合ってる風には見えないと揶揄され笑われたことがあるぐらいだ。

ただ、距離を置くことのすべてがすべて悪いことばかりではないとも思う。
彼女からちょっと距離を置いたところで見ていたため、彼女がいまなにに困り、どういう救い方ができるのかが客観的に見れ、気持ち的にも冷静でいられた言うのは俺的には悪いことではないと思う。

某SNSで一見すると彼女が普段通り日記を書いてるように見える。
フレンドといつもどおり仲良くやってるようにも見える。
けど、言葉の端々から疲れたと、苦しい、悲しいと、当時彼女が所属していたコミュニティ内で毎日起きる争いが、自分の力では解決できない問題が彼女を嘆かせ泣かせていた。
私はそういうのが見えてしまったわけだ。

彼女の日記にコメントしてたやつは誰一人として彼女の悲しみの深さに気づかなかったように思う。

当の彼女を嘆かせ泣かせるコミュニティでも毎日のように争いごとが目の前で起きているからか、いる者みな感覚が麻痺して彼女が孤立してるのに我関せずとばかり。

彼女をそこから救い上げ、その言い争う10数人相手に私がどう立ち回って、どう解決したかって話は正直どうでもよい。

あれを真似できる奴がいたら俺に逆に教えて欲しいぐらいだからな。

あの夜の彼女ラブラブぱわーはMAXだった。

彼女ラブラブぱわーさえあれば、トランプとキムなんちゃらも和解させられる。
そう思えるほど私のエネルギーは高まるのだから。

意味わからんけど、彼女のためならなんでもできるのよ、マジで。


ただ、その後、とあることで冷静さを欠いてしまうようになりました。
当時対立していた人間の手によって半年ほど彼女と疎遠になり、みんなの見ている前、彼女がいる前で彼女を愛していると言ってしまい、半年も彼女から冷たい仕打ちを受け続け冷めかけていたと思っていたはずの彼女への変わらぬ愛情どころか極限まで膨れ上がっていたことを自覚し、彼女の本心を吐露してから以降はそれまで客観視できていたものができなくなって、周りが見えなくなり、それまでの鬱憤を彼女に当り散らしてしまった・・・

・・・情けないな、文字に起こすとホント情けない


距離を置いて客観的に見ることで正しいこと、間違ってることがよくわかり、間近にいてはわからないことが感じられたりする。

クルマを走らせている時にその感覚はつねに意識していた。

それはSNSでも変わらない。

物事の中心からあえて距離を置き、例えるなら鳥瞰することで、自分の今いる世界、立場、やれること、言える事、力になれること、それらを意識するようにはしている。


自分の限界を感じたとき、所有欲、独占欲が強すぎるかな?とふと思ったとき、この記事が何かの役に立てば幸いです。
それと最近またずっと最愛の彼女のことばかり考えている。

今にも消えてしまいそうなのに、本人に会った途端一気に燃え盛って、燃え尽きてしまいそうなこの想いが独占欲ではないように意識しつつ。


・・・ひさしぶりにブログ書いて結局ラブレターとかマジで今の俺は頭湧いてる。
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